481437 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

児童文学 鬼の反乱 2

鬼の反乱 2

        3



 雨と風が激しく大地を叩いていたのですのだわ。それは、これから何かが起きることえの前触れのように。だけど音が一切しなかったのですのだわ。三時、玄関先に大きい真っ黒な車が忍び寄るように横付けにされたのですのだわ。その車のことを豊右衛門さんは、リムジンと言っていたんだわ。音もなくドアが開き一瞬白いものが見えたかと思うとドアが閉まったのですのだわ。そして、車はやはり風のように消えたのですのだわ。鼻の良い、夜目千里のあたいがその気配と匂いを感知出来ないくらいにすばしっこい身のこなしであったのですのだわ。あたいは、豊右衛門さんの部屋へ脱兎の、いいえ脱猫のように走ったのですのだわ。

「よくぞこの屋敷に入られました。この簪は代々この石川家に伝わるものです。そなたの髪にこの簪を通すことによって初めて石川家の者になることが出来るのです」「有難うございます。謹んでお受けいたします」

「なにも今になって言う事はありませぬ。この石川家の門をくぐった以上、石川家の者として当家の家訓に従って頂きます。一日も早く豊右衛門のお子を孕み世継ぎを産むことが嫁としての勤めです。だんな様がおられない留守、中央で激務の最中いらぬ心配を掛けてはなりませぬぞい」

 瑞乙様は穏やかに言いましたのですのだわ。

「はい。私も由緒正しい猿飛家の者、嫁しての立場勤めは充分に心得ておりまするゆえ、御心配には及びませぬ。子種を頂く術はくの一として・・・。おたあ様には男女のどちらが所望でござりまするや」

 佐由利姫、いいえ、佐由利様は利発そうな瞳を向けて言いましたのですのだわニャン。

「この石川家は、代々おなごは生まれてはおらぬことは・・・」

「はい。それは充分に承知致しておりますが、地球を一個のユートピアにいたすには、おなごが必要ではないかと考えまして。十八代目猿飛佐助、私の父が申すには、イギリス、オランダ、オーストリア、その外、王制をひいている国との絆は姻戚でなくては成らぬだろうと言うのが・・・。ですから・・・」

「産めよ、増やせよ。二人が励んで産めるだけ産むがよい。男であれ女でそれ構わぬ。この世に石川家の血筋が四方八方に飛び散り、千五百年の悲願を成就してくれればよいのだから。一時も惜しまずに交媾い石川の血と猿飛の血を絡ませて、素晴らしき逸材をこの世に産むのじゃ」

「はい。私は幼少の頃より、遺伝子に就いて些か研究いたしました。しかして、優性遺伝子による五つ子の受精妊娠、並びに男女の比率も、産み分けも出来るまでになっております。一度に一人の出産では非合理との考えから、五つ子まで産めるように・・・」

 佐由利様は、何とあたいら猫族のように一度に何匹も産むと言ったのですのだわ。

「それでは、まるでここにいる茶子兵衛と同じではありませぬか」

「はい。この件は、犬猫鼠を参考にいたしましたの」

 ほほう、とあたいは感心をしたのですのだわ。人間も進化したと言う考えを持ったのですのだわ。どうしてて、一度に好きなだけ産めば後は育てるだけ、十年かかって五人産むよりはなにかと安上がりで、これからの世の中には女の主観単眼一途盲進とソフトで小まやかでという女が必要なことは、あたいらのような猫族にも分かっているのよねですのだわニャン。それだけ、この地球上での生態バランスが崩れ掛けていて、生物が段々弱くなっているから、とにかく沢山の子孫を産んでなくては絶えるって危惧がありますのですのだわ。弱い生物ほど沢山産むと言う言葉が・・・。

「それでは、子供を産む時にも団体割引が効くではないか」

「この馬鹿者!」

「ちょつとした、冗談です母上」

 豊右衛門さんは、現実的にものを言ったのですのだわ。慌ただしい身辺の変化が言わせた言葉であったのですのだわ。

「はい、だんなさま。十年もかかって五人のお子を産んでいたのでは、この流れの早い世間社会の浮世川を渡り切ることが出来、叶いませぬ。私の使命は影になり矢面に立ちだんな様を御守り申すことでございます。それに、出産は海水分娩を用いたいと存じます。海から産まれた私達先祖の例を習って産み月には、だんな様とお二人にてこの世にだんな様のお子を産みとうございます。このことは、是非お聞き届け頂きたくぞんじます。猿飛家のおなごはこのようにして代々産みましてございます」「うん。それでどうすればいいのだろうか」

「その事は、私が寝屋の中で潤潤とお教えいたしまするゆえ」

「はい。宜しくお願いいたします」

「それでは、まず夫婦の契りを致すがよい。言っておくが、絆こそ宝物とせよ。一心胴体を要とせよ。知惠は知識を駆逐する。知恵をわするるな。女の腐ったのが男なのだ。男の性は終わる性、だが、女の性は始まる性であるることを一時も忘れてはならん。・・・・。かのいざなぎ、いざなみのように余りし物をたらざるところに納め、互いの存在を確認し合い、十五年間十九年間の環境の違いを凌駕するのじゃ。これからあらゆる事が二人の前に立ちはだかろうと、それを越えて行くのはどれだけの心の容器があるかにかかっておる。いざなぎ、いざなみの例えは互いの欠点を庇い合い共白髪になるまで今日のこの時の心を大切にせよとの事であるぞい」

 瑞乙様は興奮して唾気を多量にとばしたのですのだわ。だけど、四歳の差こそ男女の平均年令を考えればちょうど良い開きではないのか知らんと思うのですのだわ。「はい。分かりました」

「母上の御忠告心に命じこれから二人して石川家の名誉と目的悲願大望を成就させんが為に、母上のように、いいえ、母上を見習い励んで参りますゆえ心を安すう致して下されませ」

「うん。よくぞ申した。それでこそ、石川家の嫁ごじゃ。それでこそ、猿飛家の息女じゃ。さればこそ、石川家二十六代目の正室佐由利殿じゃ」

 瑞乙様は満足そうに言って障子を開けられ廊下に立ちましたのですのだわ。雨を含んだ風が部屋に流れ込み佐由利様の白垢の着物の裾を乱れさせたのですのだわ。

「ああ、風が・・・」

 佐由利様が乱れた裾を直そうとしたときに、

「白い、まるで雪のようです。いいえ、透き通ったジェリーのようです」

 と豊右衛門さんはまるで涎を垂らさんばかりに言ったのですのだわ。

「今日から、いいえ、今からこの私の総てはだんな様のもの。どのようにも御自由に遊ばされませ」

 と言いながら、佐由利様は豊右衛門様の膝に倒れ込んだのですのだわ。

 佐由利様の背まで垂れた烏のように黒い髪が白いシーツの上に広がったのですのだわ。

 その時、部屋の明かりが落ちて、辺りは漆黒の闇になりましたのですのだわ。だけど、あたいの目は夜行の眼、白いうねりがまるで波打ち際におるように伝わってきていましたのですのだわ。それは、熱い高い羨ましい神々しい艶かしい波だったのですのだわ。

「私を大切にしてくださいませ。裏切らないでくださいませ。一生一つの床で暮らさせて下されませ」

 佐由利様の蚊の鳴くような囁きが、荒い息の下から発せられたのですのだわ。

「セセセよりマママよりオオオより素晴らしい。そなたの知性と美貌で以て僕を一人前の男にしてくれ」

「だんな様と私を掛けても割っても一人前、私がこれから一生お供を致します。どうか、お供を・・・あああ・・・いいい・・・ううう・・・えええ・・・おおお・・・。一緒に連れていってくださいませ」

 あたいには、なにを言っているのか分からなかったのですのだわ。見て聞いていて、あたいは何だか空しく、切なく、やり切れなくなって・・。だけど、下半身が充血し腰がだるくなり、尿意をもようし、むず痒くなり・・・。なんだかたまらなくなり、いたたまれなく、そこから勇左衛門ちゃんの所え足音を忍ばせて向かったのですのだわ。

 勇左衛門ちゃんはローソクを立て、その明かりで「血液学」に就いての勉強をしていたのですのだわ。

「うむ。血液は体重の十三分の一でその三分の一の血液が流血をすると死んでしまうと言うのか。が、女はその二分の一が流血しても助かる場合がある。それは、出産に多いに関係があると言うことか。女と言う生物は中々強かに造られていると言うことか。まあ、それだけの生命力が無かったら子孫繁栄が覚束なくなると言うことか」

 勇左衛門ちゃんは読みながら考え、その考えを言葉に換えて言ったのですのだわ。

「と言うことは、僕の場合四十八×十三分の一×三分の一は致死量と言うことになる。一・二三キロと言うことになるのだ。この自分の致死量をみんなが知っていれば血を見たって驚くことはないのだ。そして、血液の成分は・・・」

「海水じぞい。そんなことは、人間の起源を引けば簡単に解決が就くことですぞい」

「お父上様!」

「勇左衛門、心してこれからの父じゃの言うことを聞くがよいのだわな。おまえを是非に欲しいと言う家があり縁組が決まったのだわな」

 主人はいつ帰ってきたのか、勇左衛門ちゃんの部屋に入ってきていたのですのだわ。だから、あたいはいつも神経が緊張していてこころに余裕がなくなり、ストレスが昂じて、この若々しい肢体がいまではブクブクと太り、魅力が無くなっているのですのだわ。だって、この家の人達はなにを考えどう行動するかさっぱりわかんないんだものなのですのだわ。香の匂いで鼻は麻痺しているし、どこに隠れていようがすぐに見つかるし、神出鬼没なんだわ。そんなとき、あたいは狂ったように部屋を駆け回り、障子によじ上り、畳を掻きむしることにしているのですのだわ。

「十二歳の僕には・・・」

「早い、と言うのかなえ」

「はい。いささか、日本の民法の婚姻では・・・」

「そんな事はいいのだわさ。旧も新もない。結婚と言う嬉し事を何も國の法律できめてもらう必要はないのじゃあないかいな」

「それはそう思いますが・・・」

「そんな枠はいらんぞ、昔産まれて直ぐに嫁ごを迎えた家もあるのよね。オギャァーと泣いて嫁ごに行った女もあるのだわな。だから、早いとは言い難いのよ」

「そのことは充分存じていますが、何分、修業勉学の身ではありまするゆえ・・・。それに、どこのどなたかは知りませんが、僕は・・・」

「なあに、夫婦と言うものは母じゃと父じゃのようであれば良いのだわ。そのことを、兄じゃに教えたそうではないかな。母じゃが言うとったぞい」

 主人は、勇左衛門ちゃんが言い訳、抗おうとする言葉をひょいひょい先に取って胸元に投げましたのですのだわニャン。

「また、婚儀が成立してもだな、修業勉学は出来ぬことはないのだからして、今までの通りの生活をしてはどうかしらん。それには、輿先きの絶大なる信頼がなくてはならぬことだがや。賢いおまえにはどうすれば良いのかは分かろうと言うものだがな」

「して、私めを欲しい、私めを欲しいと言われる家を尋ねてもよろしゅうございますか」

「それはもっともな意見じゃ、当然じゃ。五十一代柿本人麻呂の息女で磨子殿十六歳が、お前の相手であるのだわいな」

「人麻呂と言う万葉の歌人は、歌聖・・・」

「あの当時、今の日本で申せば福沢諭吉氏、新村出氏。金田一京助氏、柳田国男氏、森鴎外氏、坪内逍遥氏、西田幾太郎氏、三木清氏、高村光太郎氏、大隈重信氏、阿部次郎、高山樗牛氏、、井上清氏、羽仁五郎氏、五木寛之氏、井上ひさし氏等の学者文人哲学者に匹敵するお人であったのだわさ。いいや、その人以上であったやも知れぬぞい」

「言葉の魔術師、中国朝鮮日本が同一語の漢字を使っていた頃に、遍く音訓読みを駆使し著せし数々の和歌の人。聞くところに因りますと石見にて消息を断ち歴史の上から惚然と消えておりましたが・・・」

「いいや、瀬戸に浮かぶ淡路島じゃよな、凪いだ海と沈む夕陽を最後に眺めたのは・・。身に危険を感じてのことじゃげな。あの頃の貴族は風俗の乱れが甚だしく、官位をぶらさげ女人をあやめ犯し思いの限りを行っていたと言う。それを心に悩み戒め人の道を説く和歌を歌ったのだわな。文底に沈めての事じゃが、詠まれた当人にしたら腹も立ったろうなや。そのご仁が権威という凶器を持ていれば尚のことやわな。人麻呂を亡きものにしょうと考えるのは至極当然の事、それに気付いて身を隠したと言うのが・・・。それも、愛する妻依羅娘子に類が及ぶことをも考えてのことであったが、縛に繋がれ客死に遭ったと言うのが真相であろうわいな」

「それは知りませんでした。さすがは父上・・・して、・・・」

「客死と言ったが、人麻呂は吉備に逃れ・・・」

「高市黒人となって生まれ代わり・・・」

「山部赤人になって・・・」

「そう言えば、吉備には山部の姓が多うございます」

「俗説では人麻呂、黒人、赤人が同一人物であるのではなかろうかと言う推理をする人が多いが・・・」

「違いまするのか?」

「いいや、吉備と言えば、詰まる一杯になると言う意、つまり孕む妊娠する出産、そして詰まる所、母のイメージじゃよな。だからして、生まれ代わる、変身すると言う言葉の意味がある だからして・・・」

「やはり・・・。俗説もまた真なりと言う事ですか」

「そして、猿も多い所でもあるからして・・・」

「やはり、人麻呂が猿と言うニックネームでよばれていたのは・・・」

「猿と言うのは熟練達人と言う意味があるからして・・・」

「言葉を自由に操る、柿の赤と猿の顔尻の赤と、そして、赤人の赤と、なんだか暗号を解読しているようで、だんだんと頭の中で形が・・・」

「猿は火の神でもあったぞい。また、猿は木々を渡る、つまり、わたる、渡る。詰まる所渡来の人・・・」

「では、兄上に嫁いでこられた猿飛家の・・・」

「火が飛ぶ、・・・」

「柿とは火猿{かき}・・・」

「そうだがや」

「柿も吉備には多うございます」

「赤い実が譲す、それを火と見立てたのじゃ」

「それで、分かりました。人麿神社がどうして安産の神か・・・」

「火、即ち人間の一番大切な物、その信仰心がして・・・。火即ち人となり・・・。猿は火の神、・・・」

「鳥は風の神・・・」

「竜蛇は水の神」

「山は墓・・・」

「たらちねは吉備に大いに関係しているのじゃ」

「では・・・」

「そうじゃ、源を正せば・・・」

「私達の先祖と一緒であると言う事ですか?」

「正に素は、温羅一族じゃ」

「・・・ですが・・・」

「何を言いたいのじゃなや」

「はい・・・」

「このような奇縁もあるまいがのう」

「いいえ、父上。私が申したいのは、柿本家に、この未熟未完未開未墾未然未定未到未納未発未聞未来未了未練の私が、言語に通暁する家系に向いているかどうかと言う事です」

「なにを言うのだやな。この石川家の血筋から鴨長明、上田秋成、荻生狙来、近松文左衛門、山東京伝、松尾芭蕉、平賀源内、杉田玄白、滝沢馬琴、貝原益軒等。近くは、これはきかせないほうがいいのだわな。もう少ししたら公になることだからして。・・・と言う事だからしてなにも引け目を感じることはありゃあせんのよ」

「私は・・・」

「言わずともよい。お前の心のひだに潜む思いが分かっておるからして。大伴家持 紀貫之、小野小町、菅原道真、清少納言、西行法師、吉田兼好、世阿弥、井原西鶴、新井白石、本居宣長、十返舎一九、小林一茶、鶴屋南北、北村透谷、島崎藤村等、現代は言わない方がいいだろうからして、この錚々たる血筋と交じり合い、名を成し子を成して五十二代目の柿本人麻呂になるのじゃあないかいな。磨子殿は今年上半期の芥川賞を『記紀の記』と言う作品を書いて・・・」

「存じております。細表の切れ長の澄んだ瞳には聡明さと純潔を感じさせ、額の広さと鼻の隆起に気品を漂わせ、堅く閉じた唇に並々ならぬ意思の強さを感じました」「どうして・・・」

「はい。読ませていただきました。その作品から顔に似合わぬ怨念を感じ取りました。これは何かに対する挑戦だと身の毛が・・・。僕にも・・・」

「では、総て漢字にして・・・」

「はい。朝鮮語の音読みをして・・・」

「朝鮮古語の漢字でというのか・・・」

「はい」

「して分かったと言うのか?」

「はい。大変なことが・・・」

「言うではないぞ。言うてはならんぞい。漢字からの呪縛から逃れんが為に朝鮮は李朝四代の世宗がハングル語を作らせ、日本も象形文字の漢字からカタカナを作り、またそれから平仮名を作ったのじゃぞい」

「それは、漢からの支配を免れんが為、朝鮮も日本も文字と言う考える道具、表現をする記号が一つなら何もかも舶来がいいと言う考えになり国家統一は侭なら無かったでしょうから、その恣意の思考思想を一掃しようと考えての事と思います」

「よくぞ申したぞい。それでこそ石川家の冷や飯喰い。おのが身を鑑み世間に通用し、人をして救わんと言う考えがもたらせしものじゃぞい。高麗の血、百済の血、新羅の血、その流れいでたる源ガンダーラこそ我れらの妣の國なのじゃぞいな。いまこそ、この機に一気に造るのが桃源郷、自然と共に生き象形の中で営み、無、悟り、成仏の境涯になり、命の冬芽を開かねばならんのじゃぞいな」

「はい。そのために、それ故に一心に・・・」

「その労苦がむくわれたのじゃぞい。・・・明日、磨子殿がお前に逢いに来るのだからして・・・」

「心して応接せよとの・・・。確か、割れ目は九センチ、土手の高さは二・五センチ、膣圧は二十二mmHG・・・」

「何を言うておるのじゃな」

「はい。あそこの平均・・・」

 ポカリと主人はなにも言わずに勇左衛門ちゃんの頭を殴ったのですのだわ。

 あたいは、なんだか分からなくなり大きな欠伸をしたのですのだわ。だけど、耳には佐由利様の歓声と豊右衛門さんの啜り泣く声が伝わってきていたのですのだわ。

       4



 あたいは一睡もせずに、洋洋白くなりゆく山際を眺めたのですのだわ。雨はすっかり上がっていて庭の木々の葉は洗われ新緑を鮮やかに見せていたのですのだわ。

「茶子兵衛、今日は何だか眠むたそうではあるな」

 主人が起きてきて、縁側で自由に手足を伸ばし背を高々と上げているのを見て言ったのですのだわ。あたいは主人を怨めしげに見て、目を出来る限り細くして、大きな欠伸、音のいいおならをしたのですのだわ。

「そうか、お前にも大変な迷惑を掛けた様だなや。まあね,お前もこの家の一員だからして、大目に見て呉や。だが、これからが大変ぞい。我輩にもどうなるのかよう分からんからして、なにせ先祖の誰もがなしえなかった事をやろうとしているわけだからして。二十日月の夜、NHKの電波をジャックして全国津津浦浦に決起の暗号を送らにゃならんでよ。出来ればテニスかゴルフかはたまたバレーの衛星放送が行われている日であって欲しいのだわなや。そうすれば、選手に変装をし易々と全世界に暗号が送れ、一斉に決起が行われるのだがや。ベトナムの難民が日本を目指しいるのも、中国で民主化のデモ隊が天安門に押し駆けているのも、ホメイニが亡くなったのも、埼玉で猟獣事件が頻繁に起こっているのも、小者の海辺に変わり小柄の宮地が首相になったのも、バブルが弾けて円と日本の信用が急落しているのも、ソ連にクーデターが起こり失敗して民主勢力がマルクスの資本論に個人能力の違い、欲望の大小があるのだと言うことを書いてなかった事に気ずいたのも、普賢岳が噴火して大地を覆い灰の雨を降らすのも、富士五湖が富士七湖になったのも、塩害により停電したり植物が葉を焼かれたりしたのも、排気ガスによって酸性雨が降り森林を枯れさせているのも、鯨が食べられなくなり、鮪が寿司屋から消えようとしているのも、西大西洋に巨大な氷河が漂つているのも、アメリカが米の自由化を迫っているのも、日本国がまるでゴミの処理場のようになりその処理場に良心まで捨てているのも、それは何かの予兆ではあるのだからして・・・」

 主人は不安げに言ったのですのだわ。人間がの不安な時や何かに迷っている時には良く喋ると言うのは本当のようですのだわ。ペットに話かけるのは寂しいからかしら、恐怖で耐えらないからかしら。誰にも言えない繰り事を、真実が言えない苦しさを、あたいのようなペットに話かける事で紛らわせているのか知らんと思うと、何だか主人が可哀相に成ってきたのですのだわ。何か大きなことをする前には、緊張して心が踊ると言う事もあるかも知れないけど、庭の南天の白い花に目線を投げる主人はなんだか風のように匂いのように形が見えにくかったのですのだわ。豊右衛門さんの部屋からはバラのような匂いが漂ってきていたのですのだわ。それに、潮騷のような健康な鼾が伝わってきていたのですのだわ。瑞乙様は膝上二十センチの黒のレーザーのミニスカートをはき、真っ赤なノースリーブのタンクトップを着て、キッチンで朝食の支度をしていたのですのだわ。勇左衛門ちゃんは、机に向かって『記紀の記』を読んでいたのですのだわ。その顔は柿のように、林檎のように、李のように赤くまるで火が点いたようでしたのだわ。

 それから少しして、あたいの尻尾に不吉な物を感じたのですのだわ。

 それからなにやら、外が騒がしくなったかと思うと、「石川五右衛門一家に告ぐ。この家は完全な国防軍が完全武装で包囲した。無駄な抵抗は止めて出てきなさい。更に告ぐ・・・」

 スピーカから割れるような声が響き渡りましたのですわ。主人は居間に悠然と入りました。それに習って瑞乙様、勇左衛門ちゃん、その後慌てて豊右衛門さん佐由利様が入って来られましたのですのだわ。

「どうも、嫌な予感だ的中したらしいのだわ。これからこの屋敷を爆破して二千メートルしたのシェルターに一旦避難することにするのだなや」

「どうしてこのようになったの。一体どこのどいつが・・・」

「これから、これから・・・」

「猿飛の家も・・・」

「うん。謀叛、革命、クーデターとして・・・」

「何もかもあの十六歳の小娘にしてやられました。これほどまでに見事に打ちのめされると、敵ながらあっぱれと言いたくなります」

「それではなにじゃ・・・あの黒姫の時と一緒じゃと言うのか」

「まさかままさかじやよいな・・・それで・・・」

「はい。父上が僕の部屋より帰られてから再度、『記紀の記』を梵語の音で読んでみたのですが、温羅一族がユートピァ建設のためにクーデターを起こすと言う事が書かれておりました。さすがは人麻呂の末裔、言葉を弄び二重三重に事を秘めての表現参りました。だが、たかがおなごされど女人、丈夫がこれしきのことで引下がれませぬ」

 みんなが勇左衛門ちゃんを頼もしげに見上げたのですのだわ。

「一先ずここは地に潜りまょう。そして・・・」

「時を待とうと言うのですか、そんな弱気でどうするのでのです。ここは撃って出て・・・」

「母上、ここは自爆と見せ掛けて、シェルターに逃れて時を見て・・・。一族の動向、世界に散らばっている草や木の安否も気になりまする故。そして、これ以上事を大きくして、仲間に類が及んでは・・・。死を急ぐことはありません、私達も好んで無駄死にすることはありません。血筋を絶やす事だけは避けなければなりません。どうか、三年間の辛抱です。私がその間、東大、京大、日大芸術学部、早稲田、慶応、上智、筑波、防衛、オックスホード、ケンブリッヂ、ハーバードを卒業したと同等の頭脳の持ち主になって帰ってまいりますから。その時は私も元服の歳・・・」

「それ迄時節を待てと言うのか。お前が、そこまでの覚悟をしているのならば、これからの三年間僕も無駄には過ごさん。お前が読んだ総ての本はシエルターの中にあるはず、中国朝鮮日本の歴史を徹底的に学び比較検討しておこうではないか。せめて立教、法政、明治、同志社、近大、関学、関大のそれぞれの専門分野の勉強くらい・・・」

 豊右衛門さんが悔しそうに言いましたやん。

「この私しとて足手まといにならぬよう、修めた学問の上に熟練した技量を磨きに研き、その上に女の知恵を乗せ、今までになかったくの一としてお役に立つように・・・」

「よくぞ申した、それでこそ石川家の嫁ごじゃ。これからびしびしと・・・」

「うーん頼もしいことじゃなや。・・・外に出るというのか、万一・・・」

「みんなで一緒に外に出れば、壁に耳あり障子に目ありのたとえ、自爆した事がその筋の者どもに分かってしまいましょう。私一人なら、まだ世間の人達は石川家の次男坊だと言う事は知らないでしょうから・・・。大丈夫です。ここから茶子兵衛と共に脱出し・・・。麻子殿に挨拶をしておきとう御座います」

「麻子殿に恨みを持つことはならんぞい。動いておる、何やら得体の知れぬものが・・・。あの大化の改新の時も、南北朝の刻も、また、明治維新の時にも、更に大東亜世界大戦の折りも、その動きが・・・」

「分かっております、私には見えるのです。その物怪がなにか・・・」

「ううう・・・」

「くくく・・・」

「すすす・・・」

「つつつ・・・」

 あとの四人が同時に発した擬声だったのですだわ。

 外からは、最後の通告を告げる声が甲高く響いていたのですのだわ。

「そうとなれば、一刻の猶予も叶いません。一早くシェルターへのエレベーターにお乗りください。私は茶子兵衛門一緒に土龍道を通り海に出ます」

 その勇左衛門ちゃんの言葉に促されて四人は台所にある冷蔵庫に入りましたのやわ。

「ご無事で」

 勇左衛門ちゃんはきちんとドアを閉め最敬礼をして、あたいを抱いて流しの扉を開けて入りましたのですのやわ。入った途端に底が抜けて少し落ちたのですのだわ。落ちた処には、一人乗りのゴーカードがあり、走りだしていたのですのだわ。

「父じゃも母じゃも、兄上、義姉上もどうかご無事で。三年間のご辛抱です・・・」

 そう言った時、遠くで大きな音がし大地が揺れましたのやわ。

 屋敷がふっ飛んだのですのだわ。たぶん・・・。

 勇左衛門ちゃんはじっと唇を噛んで何かに耐えているようであったのだわ。頬には一塁の涙が伝い、あたいの首筋にポトンと落ちて来たのだわ。あたいは少し動いて、勇左衛門ちゃんの頬をざらざらする舌で舐めてやったのだわ。夜目遠目のあたいにもこの先がどこに辿り着くのか分からなかったのだわ。だけど、だんだんと大気が濃いくなり、漆黒が少しづつ薄くなっている事には気ずいていたのですのだわ。潮の香が微かにしだしたかと思うと一気に視界が開けて海に出ていたのですのだわ。

「ご無事でございましたか」

 初老の小男が近寄って声を掛けて来たのだわ。白の頭髪は総髪にして背に垂らし、眉と顎髭は真っ白で、目は穏やかそうに見えるのだけれどあたいと同じような輝きがあったのだわ。作務衣の上に赤い陣羽織りを着て、背丈より遥かに高い杖を就いていたのですわ。

「どうにか・・・ここには手が回ってはおりませぬか」 勇左衛門ちゃんは丁寧に聞きましたのだわ。

「はい。何分この地は、豊臣、徳川のご朱印状を貰っていた地でございますから・・・。これからどのようになされますか」

「はい。直ぐに都に赴きまして・・・」

「ほほう、奈良へですか」

 都は今は東京ではないのじぁないかと思うのですわ。奈良を都と言う言葉にしたて、浪華を港と言う風に主人が使ったことがあることに気づいたのですのだわ。発音からしてひょつとしたら朝鮮古語であつたのかもしれないのだわ。

「して、ご主人様は・・・」

「分かりません。父じゃは私を逃がして・・・その後のことは・・・」

 勇左衛門ちゃんはどうしてか嘘を言ったのですのだわ。

「どうか本当のことを・・・。この爺は心配はいりませぬぞ。知ったからとてその事が重荷になると言う懸念はご無用にお願いします。どうか・・・」

「私も、その後の事は案じているのです。どうか無事で逃れてくれればいいと・・・」

「そうですか・・・。先だって、鬼の城から光り通信があって、国防軍に取り巻かれて砲弾が届いたと言う事でした」

「そうですか、全国至る所でそのような事態が生じているでしょうね。みんな、どうにかして生き延びていてくれればいいのですが」

「みんな、御主人様のことを・・・」

「父じゃの事だ、そう易々とは・・・。いずれ、誰かに化けてテレビに出て・・・」

「そうですよな、そうに決まっていますよな」

 好々爺のような老人の目がピカリと光りましたのですのだわ。大粒の涙が瞳の中に溢れていたのだわ。

「爺、西の村上水軍、爺の処の塩飽水軍、東の寒川水軍の事はどうか宜敷くお願いいたします」

「そのご心配には及びませぬ。この瀬戸内に敵の艦を一艘たりとも通しはいたしませぬ。南無八幡大菩薩藤原純友の霊にお誓いしても・・・・」

「爺、世話になった事忘れません。ご無事で・・・」

 そう言ったかと思うと、脱兎のごとく走りだしていたのですのだわ。あたいもその後を脱猫の如く追い掛けたのですのやわ。





© Rakuten Group, Inc.